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心配

更新日:2月29日

子鹿が深い森の中で道に迷ってしまいました。

心配になった子鹿はお祈りをしました。無事に森から出られますように。

すると森の神様が言いました。

ほら、あそこに見えてきた木枠の扉を開けてごらん。

とでも言われたような顔をした子鹿は40代半ばの女性。

小首をかしげながら私の店に入って来た。

もちろん本日これからの鑑定。

間違いなくご予約をいただいているお客様だ。


 「心配なんです叔母として、この娘のことが姪のことが」


子鹿はそう私に言った。

椅子の脇に置いた布バッグと同素材のエプロンワンピを着ていた。 

旦那はいるが子供は無いようだ。

「この娘」とはもちろん子鹿に付き添った姪のことを指している。

姪は子鹿叔母さんの横で窮屈そうに座った15歳。中学校指定の緋色のジャージを着ている。子鹿の姉の娘に当たる。

 バスケットボールの才能があり特待生として春にはバスケ強豪高へ入寮したいのだそう。何の問題もなさそうだが子鹿はここまで話すと頷く私に対して

「どうして?」とでも言いたげにまた小首をかしげた。

 本題に入るらしい。

姪の両親のことだそうだ。

姪の両親とは、今またさらに小首をかしげ出した子鹿の姉夫婦。

妹である子鹿とは対象的に姉夫婦は当たり屋を生業にしている。

現在は夫婦揃って服役中だと来た。

小首をかしげたいのは私の方だ。

 姉夫婦はもちろん娘の進路どころではない。

もっと言えば、はなから無関心だった。

実際に娘本人にも中学を出たら働くようにと塀の中からお達しがあったそうだ。

ここまで話した子鹿の髪は癖の強い縮れた髪をしていた。

1つに丸めて頭のてっぺんに載せている。お団子ヘアというやつだ。

いちいち人に同情を求めるようなまなざしと持ち込んだ悩みとは不釣り合いだった。

なんて幸せな髪型をしてるんだと私は感じた。


 「この娘の才能が埋もれてしまうのが惜しいんです」

そう言う子鹿の手首は長い袖の中に埋もれていた。


 あなたが姪御さんの学費を出して差し上げたらいかがでしょうか?


今のは私の口から出た言葉だ。

大して斬新な意見を言ったつもりはないが子鹿は明らかに驚いたと同時に

気を悪くしたようだ。どぎまぎして黒目がちだった目は今や大きく見開かれていた。

私を睨んでいるのである。

張りのない額には険しい山折りの横皺を何本も浮かび上がらせていた。

「冗談じゃないッ!私、帰らせてもらいますッ!」子鹿は跳ね上がった。

「とんでもない人の所に来たわ。無責任な!さぁ帰りましょう!」

と姪にも立ち上がって帰るよう手を引いた。

すると姪もふて腐れたようにのらりと立ち上がったが叔母である子鹿の胸ぐらを素早く掴んだ。


“おいババァ!何が心配だァ?ウチの事が本当に心配だったら、

 この先生が言うようにカネ出したらええんや!”


 姪の声は鼻が詰まった緋熊のように響き店内を揺さぶった。

次にはお団子ヘアが2メートル近い緋熊の頭上で吊るし上げられていた。

子鹿の履いていたポリバケツのようなCrocsのサンダルが勢いよく落ちて来た。

緋熊は子鹿の首を絞め上げながら続けた。

“てめえにウチのことを心配する資格なんざねぇんだ!

 ウチを心配する資格があるやつはな、ウチに学費を出せる奴だけだ!

 この偽善者!ウチをだしに使って他人の前で良い人ぶるなや!性質(たち)が悪いわ!

 カネ出せカネ!出す気なんかねえんだろ?馬鹿野郎ッ!”

 床に叩きつけられた子鹿は泣き叫んで言った。


「やっぱりアンタは姉ちゃんとおんなじゴロツキの血が流れとるんや!この犯罪者一家!

 恐喝(カツアゲ)野郎!

 こっちは心配してあげてんのに!」


 子鹿はぴょんぴょんと裸足のまま店の外へと跳び出して行きました。

 心配の森から出られたのです。


 心配で心配でたまらなかったはずの姪を1人残して。








本当に

アンタの事が心配なんだョ

アンタが大金持ちになって

幸せになっちゃわないかって

ああ心配だ、心配だ。

心配だ~。心配だァ~。





              Rav(La vie!).Hiroaki Ohori 

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