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わたしは結婚できますか?

更新日:2月29日

満50歳の女性を目の前にしている。

彼女は独身で結婚は1度もしていない。

勤め先は地元のパン工場だ。

養護学校を卒業するとすぐに工場に入った。

工場のオーナーは元華族で同族経営をしている。

彼女はその工場のラインで働くのを嫌がっていた。

それで総務課に転属させて欲しいという依頼を請け負ったのが付き合いの始まりだった。

彼女の言う結婚したいという言葉とは裏腹に、

実際の彼女は工場の中の妻帯者の男どもと遊びたがっていた。

ちなみに工場の中では彼女を知らない男はいない。

繰り返すが、男はみな彼女のことを知っている。ということ。

前述したが、彼女が今いる部署は工場の中枢だ。

男どもは彼女のいる総務課のことを感謝の念と畏敬の念をこめてこう呼んでいた。

総務課ではなく

    “公衆便所課”と。

彼女はわたくしのところに隔月で日曜の朝1番に来店する。

話題は決まって発掘した年端も行かない男性アイドルたちの宣伝と職場の愚痴だ。

しかし帰り際には忘れず次の依頼内容を置いて行く。

ちなみに次の依頼もいつもと変わらない。

新しい既婚者男性を上手く調達することだ。

依頼を済ませて札束を置くと彼女はこれまた必ず使う決め台詞がある。


    “わたしは結婚できますか?”


全国にあるパン工場の間では翌週から人事異動が盛んになる。

わたくしに依頼をするたびに彼女の目の前には

新しい男が入れ代わり立ち代わりをするということだ。

ブルーカラーで抜け殻みたいな男どもだが彼女はそこが良いらしい。

手切れの良さが彼女の本当の“ウリ”だったが

別れ際でゴネ出す面倒な男がいればすべてこちらで始末していた。

わたくしにとって彼女からの依頼はここまでの仕事を意味していた。


しかし先々月に出た魔法陣からのお告げには、

いささか緊張が走ったのをわずかだが覚えていた。


“新しい工場長には気をつけろ。貴女とは種類の違う変態だぜ”


そもそも程度の低い快楽を彼女は好んでいたが

新しい工場長は逢うたびに頸動脈を圧迫してくれていたようだ。

彼女は新しい工場長のおかげで空っぽな頭の中に

送られるはずの退屈な酸素を入れなくても良くなった。

彼女は、今までになかった人生の充実感を得られたと言った。

わたくしには、どう見ても目の前の老嬢には、

人生のなんとかって言うのを得た人間のようには見えなかった。

卑屈なまでに受け身だった彼女…。

マスクを取った彼女の口が、今日は耳まで裂けていた。


その時、ここ数日の彼女の行動が店の天井に映った。

常に工場長の跡をつけ回している彼女の姿が天井に浮かんだのだ。

魔法陣が語った。


ーこの女はヘタを打ったんだー


どうしたら工場長と結婚できるのかと彼女はわたくしの手を引っ張った。

ケラケラと笑いながらだったが。

しまいには髪を掻きむしり、金切り声を上げながら叫んだ。


      “わたしは結婚できますか?”


冷静にわたくしは告げた。


本気でご結婚をお考えならば、まず知っておくべき事があると思う。

大切なのは今の状況を自分が1番よくわかっていなければならないという事。

シケた話をするようで悪いが。



   貴女はすでに死んでいる









わたしは結婚できますか?


できますとも、嘘じゃありません。

次の世か、その次の世

また次か、次の次の.... 。



Rav(La vie!).Hiroaki Ohori



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