クライアントは兄弟で大きな金融会社を経営していた。
3年前から依頼の打診は受けていたが弟さんが入院したということで
延期になり、なんとか今回落ちついたとかでお邪魔する運びとなった。
郷土愛で知られる社長の自宅・社屋にスタッフ・家族以外の人影や物音がするという
現象が起きる。経営もこの頃から悪化したという。
こちらにとっては秒殺ものの案件で不謹慎かも知れないが美味しい話だった。
除霊を終えると案の定時間が余った。
クライアントさんたちに観光を勧められながらお別れをいうと弟さんが顔を見せなかったことについて社長から詫びを言われた。
景観法に守られた昔風情の川岸に着いた。古風な情緒町をあてもなく歩き出すとすぐに
ギターを鳴らした白塗りで小柄な男が歌いながらそばに来た。
高価なギターだと一目でわかったが、腕前はいでたち通りのチンドン屋だった。
皺枯れた声に節を乗せた自己紹介が始まる。
地元の歴史研究が高じてテーマパークの中でボランティアガイドをする破目になったと歌い
周囲にある建物の名前を挙げて行く。観光嫌いなわたくしに有無を言わせないつもりだ。
わたくしの歩くところ行くところについて来ては目の前の施設について勝手に口上を歌い始める。
こうしてわたくしは白粉混じりの汗を顔から流すこの男から逃れるチャンスを逸していた。
周囲を歩く他の観光客に向けて助けを求める視線を何度も投げたが
ガイドの業務執行を誰も妨害することはしなかった。
ほんの数分の出来事だったと思うが迷いのない歌いまわしと、どこまでも走り追ってくる
独特な男の雰囲気に狂気を感じた。
そこへ幸い蔦に覆われたクラシカルなホテルの門扉が見えて来た。
今夜の宿だ。チェックインすると言うと男はカンカン帽を脱いで肩をすくめた。
こうやって何人もの客を追い込んでいるのだろう。
性質(たち)の悪いふるまいは俺で最後にするんだぞ・・・。
紙幣1枚を出して帽子の底に落とそうとすると今度は急に引っ込めた。
“遠い所を本日はありがとうございました。何とかこれでご挨拶に間に合いました。
会社のこと、つきましてはこの町のことを助けていただいて言葉が見つかりません
どうかお気をつけてお帰り下さい。”
さっきのだらしのない歌声とはちがい滑舌よく早口で言い終わるとギターはさらに大きな音を立てた。男は下品に戻りガニ股で逃げるように姿を消した。
ちぇっ。すっかり手玉に取られてたみたいだ。
翌朝ホテルのロビーで地元紙を手に取ると昨日の白塗り顔が紙面を飾っていた。
奴のボランティアぶりを讃えているんだろう。下衆(げす)で、先走ったギター男の
ミラクルショットがそこにあった。
命日に彼を偲ぶ文章たちが今朝は彼を追いかけ回していた。
能ある鷹は爪を隠す
隙のある白粉こそ
賢人の顔を隠す
ものなのです。
Rav.Hiroaki Ohori
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