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さようなら

更新日:2月29日

GIORGIO ARMANI のスーツに身を包んだ男は私に会うなり切り出した。


「アナタはどういうつもりでこの仕事をしてはるんですか?あの、つまりやね。

 何のためにっちゅう質問ですわボクが言いたいのんは」


優雅な京言葉がハスキーな声に乗っかって転がり迫ってきた。

惜しまれて引退した元芸人だ。

スーツのサイズは42 SIZEで間違いないだろう。

眼鏡が実務的な細いフレームに替わっていたが、怜悧な顔かたちは現役の時より艶が増していた。

男は腕を組んだままで上半身をゆっくり前後させた。


「いったい何のためですのん?」


食べるためだ。生活のため。ひとえにカネのためである。

私は自分のやってることを信じてはいない。

ただ現在まで生活ができているという事実があるだけだ。


「わかりました。それやったらボクは、たった今ここで…」

男は天井を仰いだ。


「ボクはアナタを信じますぅ。うん」


辛辣なムードを出してはいたが男の目は最初から笑っていた。

頭脳派で知られた歯に衣着せぬ往年の口調は続いた。


「ようおるやないですか。他人を救うためやとか言うてるヤツね。世のため人のためとか。

 ボクああいうヤツ見ると吐き気がするっちゅうてねぇ」


男は以前、TV局の楽屋で占い師をいきなり殴りつけたことがあると言った。

占い師ならこれから自分の身に起こる事はわかるはずだという理由からだそうだ。


「ボクは霊が見えるとか、しかもね3人以上で、つまり大勢の人間が霊を見たら

 それは本当や。という流れがね。もう阿呆やろと…」


占い師を殴った話は嘘だろう。男は過ぎるほど優しい人物であると私は踏んだ。

無能な弟子を何人も受け容れている。


「ねえ、そうでしょう?大勢の人間が同時にお化け見たからゆうて本物やぁとか

 おかしい思いません?」


はい。おかしいです。


「なんで?ホンマにそう思うてるん?ボクに話だけ合わせよ思たってそりゃアカンですよ」


実際に貴方が嫌うであろう除霊という名の仕事で実際に経験したことがあるからです。


「ほほう。どんな?」


とある湖水地方で除霊を依頼されました。

クライアントは見物人合わせて30人の大所帯でした。

私がボートに乗って湖面にいる間、30人の人間全員が同じ物を見たと言い張ったんです。

その…夥しい数の死霊の手が水面から出ていて

私のボートとオールに手をかけて沈めようとしていると。叫び出した事があったんです。

実際にはいもしないものが30人の集団には見えているという。

集団無意識とでも言うのでしょうか。

とにかく30人のクライアントは月に映った湖面の波が死霊の手に見えた。

長い間ずっと聞かされていた土着の民間伝承も手伝ったんでしょう。

ともかく大勢の人間が同時に思い込みをすることはあります。

むしろ思い違いばかりでしょう。人が大勢集まれば。


「それですわ。ボクが言いたいのんは」


男は腕を組んだまま話題を変えた。


「センセ。アナタ女性からおモテになるでしょ?」


いえ。私は休日の使い方も下手ですし、そもそも自分の好きな場所もわからず。

どこで何をしたいかも考えたことがないんです。

人を誘うようなことは考えもつきません。受け身なんですよ。

私について来たってなんにも良い事はないと思います。


「ほら!こういう事を真顔で言いはりますもん。

 そりゃ誰かてアナタを放っておかんのんとちゃいます?」


男は私の年齢を聞いた。私は西暦で答えた。


「すると干支は蛇ですな。どうりでアナタの後ろに蛇がいてる。

 アナタを護っておられるんですよ」


ちょっと待って下さい。

貴方こそ貴方のお母さまは蛇を使った占術の占い師に人生を搾取されていましたでしょう?

それで貴方は占い師やオカルトを嫌いになられた…


「センセ!アナタは他人に対して絶対に口にせん言葉があるでしょう?」


ええ。あります。


「もちろん物心ついてから。つまり世に出るようになってからやね?

 意地でも使うか!と。使うてたまるかいな!と。そうでしょ?図星でしょ?」


その通りです。この言葉だけは使わないと決めた言葉が私にはあります。

その言葉を口にしたらもう2度とその人と会えなくなってしまう気がするからです。


「だからアナタの事を人は放っとかへんのんですよ」


そうでしょうか?嬉しい言葉をいただきましたが思い当たりません。


「5文字でしょ?4文字かも知れへんけど。

 心を込めて言うとなると自然に5文字になるよね?その言葉」


そうですね。おぞましい言葉だと私は常日頃そう思っています。


「ひとつもおぞましい事なんかないでしょ?

 ただその言葉に重きを置いとる人種は少ないよね。

 実はこの私もそうですのや。今まで使うた事あらしまへん。もちろん意識してやで。

 ありがとうとかは普通に使いますけども」


感謝の言葉こそあまり出ないものですけど。


「センセね。これからの時代はプライドと芸の無い芸能人が媚び売って

 どんどん私生活を見せるようになっていってね。それとは逆にシロウトが

 バンバン芸達者なトコ見せていきはるようになる時代が来ますよってに。

 センセもとことんやらはったらええ。センセは芸人やないけども

 弟子もぎょうさん採ってやね…」


私は非公式の人間ですから。お客さんに見つけてもらってこそ価値がある身なんです。


「今日はセンセにボクがさっきの話のね

 絶対に使わんと決めた言葉を使ってみよ思うて堪忍」


男の意味する言葉は私が使わないように決めた言葉と違っているよう願った。

思い違いであって欲しいと。


「何が思い違いやねん当たってますて。当てるんがセンセの能力ですやろ?

 いや、当てたらイカン仕事ですなセンセの場合。センセはお優しい人やから」


煙に巻かないで下さい。


「ほなボチボチ帰ります。センセ。さようなら」


降り出しそうな外の天気を気遣うと男は言った。


「降るとしても小糠雨くらいでしょう。ボクは晴れ男やさかい。

 ボクがセンセのそばにいる間は絶対に傘は要らんっちゅうね。

 誰にも傘の心配はさせとうないんです」


今から18年前の話だ。

ちょうど男がこの世を去った日に久し振りに男の声を聞いたような気がした。


「センセ!アナタは狡いわぁ。考えてみたらセンセは死んだ人にも会えるやん。

 だからセンセはこの言葉を使わへんのんやね。

 そやったらあえて封印してセンセ自身が苦しむことはないでしょ?

 センセには必要のない言葉やねんから」


 4日ぶりに降った雨の中を私は走って家路へと急いだ。









        

   センセ、私の前世のこと

   聞かなあかんかった


   「ミケランジェロかも知れませんね。

    実は今もそうなんでしょう?」


   ほほう、そのココロは?


   「重い石(意志)を通す人だからです」


   ほな、センセ

                   


                         「さようなら」

                      


                          Rav(La vie!).Hiroaki Ohori










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